映画は"もしもボックス"
映画が好きだ。映画の中では、学校で一番のイケメンにも英雄にでもなんにでもなれる。
無謀な恋でも叶うし、魔法だって使える。いじめられっ子でも、世界を救える。
映画の中では人口を半分にしたり、過去に戻って自分の都合の良いように未来を変えたり、人を殺めることもできる。
そしてそんな悪役に憧れて、現実世界で犯罪行為を犯すものも現れる。
そして、ニュースで流されるのは、"映画の〇〇に憧れた犯人は、、、"
あたかも、その映画が悪影響を与えたかのように報道される。
映画は何も悪くない。良くも悪くも"きっかけ"を与えただけだ。
それに、どれだけ人に優しくしたり、人種差別を題材にした映画が上映されたところで
世界はちっとも良くなっていない。
まるで、悪影響だけを与えて、いい影響は与えないみたいではないか。
しかし、そんなことはない。悪影響というのは目に見えやすいものだ、
人をいじめる、人を殺める、犯罪を犯す。これらは、人の当たり前という概念から超越されたものであり、人の目に付きやすいものである。
逆に、いい影響というのは目に見えにくい、世界が平和になったり、人種差別がなくなるなど目に見える貢献の規模がとてつもなく大きいのだ。
"映画のおかげで一歩踏み出す勇気が出ました。この映画に心が救われました。
誰しもがそんな経験が一度はあると思うが、それは世の中に直接的に関与しないから目に見えにくいものになってしまうのだ。しかし、映画で良い影響を受けているのは事実である。
そして、映画というのは、ドラえもんに出てくる"もしもボックス"と同じなのだ、
良いように使えば、自分の意識を変え、自分自身に影響を与える。
悪いように使えば、周囲に影響が及び、自分をも苦しめることになる。
僕たちは"Back to the future"という映画でそれを学んでいるはずなのに、
同じことを繰り返す。
自分の都合の良いように過去を変えれば、未来は荒廃したものとなった。
そして、大切な友人や家族、そして自分に危害が及んだ。
映画の中では"もしも"の世界が繰り返され、
何度も様々なシュミレーションを繰り返されているのだ。
Marvelの"Civil war"にてスパイダーマンが"物理の法則は無視かい?"と言っていたように
映画の中では何でもOkなのだ。
最後に、映画は本当に素晴らしいものだということを皆に再認識してもらいたい。
そして、悪は最後にかならず負けることを忘れずに。