僕の友人に作家志望の子がいる。
元々は友達の友達で、一緒にご飯に行ったとき、すぐに息が合った。
初対面にもかかわらず、僕の心は自然と開いていた。
「制服が嫌い」
「手酌する意味がわからない」
「お土産に“つまらないものですが”っている?」
隠してきた本音が次々に出てくる。
するとその友人が、笑いながら言った。
「君は童貞やな!」
僕は「いや、童貞じゃないですよ」と答え、話は流れた。
後日、僕たちは二人で飲みに行った。
店に入ると、彼女はすでに出来上がっていて、酒臭い声で叫んだ。
「あっ、童貞だ!!」
二人で会うと、様々な議論を交わした。
その中で再び「童貞やなぁ」と言われたが、僕は「何度も言うが童貞ではない」と反論した。
すると友人はこう説明した。
「君は、色々なことを経験しているはずなのに、毎回『これで良いのかな?』とまるでファーストタッチのように話す。だから童貞っぽいんだよ。」
僕は手酌をするのが苦手だった。
同期が進んでやっているのを見て、媚びている気がして嫌だった。
でも、その行動の背景に、自分の思い込みが影響していることには、後で気づくことになる。
友人は続けた。
「君は、私達からすれば常識だと思うことに平気で驚く。それって普通の人が最初に忘れることだから。」
その瞬間、僕は驚愕した。
童貞とは字義通りの意味だけではなく、自分の無知や純粋さを示す言葉でもあったのだ。
その出会いで、僕は「言葉をうまく扱える人になりたい」と強く思った。
僕は以前、ライオンがガゼルを捕食する動画を見るのが好きだった。
ガゼルが可哀想、ライオンは悪者――そう単純に思っていた。
しかしある日、ライオンのドキュメンタリーで気づいた。
小ライオンが飢えていて、偶然やってきたガゼルが彼らの命を救う瞬間だったのだ。
「ライオンは悪者ではない。」
僕は衝撃を受けた。
小説を書くなら、ガゼルだけでなく、ライオンの行動にも目を向けるべきだと学んだ。
話題は恋愛に移った。
友人はこう豪語した。
「私は自分の誕生日に牛丼屋でも許せるタイプだ。」
僕は「そんな人はいない」と反論。
すると友人は「視野が狭い!」と返し、水掛け論になった。
最後に友人は言った。
「まぁ、童貞の意見やもんな。」
その発言にはメタファーなんて一切なかった。