楽観的だね、とよく言われる。
多分それは、八方美人で波風を立てたくない、僕が二十二年間を通じて学んできたことだと思う。
先輩の話にヘラヘラと相槌を打つ。
そうすることで、うまく世渡りをしてきたのだ。
しかし、飲み会の席で上司に媚を売っている先輩を見ると、
「ヘラヘラ媚び売ってんじゃねぇよ」と思ってしまう。
蓋を開ければ、僕がその先輩なのだが。
実際のところ、僕は楽観的ではない。
ただ、何も考えていないだけなのだ。
先輩の話は右から左へ流し、ヘラヘラしながら別のことを考え、
タイミングよく相槌やリアクションを返す。
先輩たちは満足し、僕は世渡りをリズムゲームのようにこなしていた。
どうでもいいことは聞き流す。
しかし、自分に興味のあることについては、他人の話が耳に入らないほど集中してしまう。
俗に言う「楽観的」とは、
失敗しても反省して次に切り替えられる人、
他人の批判を物ともせずに自分の道を進む人のことだろう。
僕は真逆で、失敗すれば落ち込み、
他人の目を気にして行動できない。
悲観的な人間だ。
しかし、表面上ではそうは見せない。
作り笑いを浮かべることで、周囲は僕を楽観的だと思うのだ。
小学生四年生、山の学校でグループの班長になった時のこと。
グループ内の意見をまとめようとすると、
「班長ぶってんじゃねぇよ」と言われた。班長なのにだ。
その言葉が、今の僕の行動を制限している。
人目を気にして行動することが多くなり、
人前に立たずヘラヘラするという技を身につけた。
入社後、いじられキャラとしての立場を得た。
クラスでも目立つ部類だ。
1軍のいじりに的確に返答し、少しでもズレれば「つまらないやつ」とされる。
研修一か月半、50人の同期の中で、
「えっ?お前やりたいん?」と笑い声が上がるほど目立つ存在になった。
目立ちたくない僕は、いじられキャラとして認知されてしまったのだ。
支店配属後も、その立場は変わらなかった。
本社研修で一番いじってきた人が同じ支店だったからだ。
野球でいうと、7番セカンドで引退したかったのに、
気づけば1番ショートくらい目立つ位置に立っていた。
僕は会社で必要な知識よりも、幹部世代にウケる例えを学ぶことに精を出している。
そして心の中では、過去の自分からの声が聞こえる。
「媚び売ってんじゃねぇよ」と。