運の総量

 

この世界には"運のいい人"と"運の悪い人"が存在する。

けれど、インスタグラムの投稿や友達はポエムのようなことを口にする。

「運の総量は平等なんだよハハとわらうから8×8=64この幸せが

シクシクと泣くから4×9=36この悲しみが合わせて100なんだよ」

 

この話を聞いた時、バカみたいに笑ってしまった。

僕は斜に構えてしまう性格で、悪態をついてしまうクソみたいな人間だ。

 

そもそもなぜ人生の運の総量が100と決まっているのか。

例えば幸せが6.4割 悲しみが3.6割とするならば

80年生きるとして

80×364=29120日を生きることになる。

そのうちの6.4割が幸せならば18637日が幸せな日々となる。

残りの10483日が悲しい日になるのだ。

 

まず、幸せや悲しいことなんか人によって違うのだ。

何でも幸せを感じれる人もいれば、何度も悲観的に捉えてしまう人もいる

それなのに運の総量は一緒と言われても困る。

 

僕は運の総量は人によって違うと思っている。

総量も違えば、良いことが起きるタイミングだって異なる。

 

運がいい人はずっと運がいいし、悪い人はずっと悪い。

結局の所それでも生きていかないと行けないのだ。

そもそもなんで運というものがあるのだろうか。

 

僕たちは運や神様といった、見えないものにすがりたがる。

運が悪かった。その一言で物事を片付けようともする。

見えないもののせいにして逃げるのだ。

 

自分の持っている手札の中から最高の戦い方を探っていくしかないのだ

ないものねだりをしている暇はないのだ。

 

けれどないものねだりができるのならば、

僕は何事にも楽しめる人でありたい。

 

斜に構えて、悪態をつく人生ではなく。

運が悪くてもその道中を楽しめて、いつも笑っている人になりたい。

 

運や神様なんかじゃ決して覆せないものは

楽しむという、かんたんなことなのかも知れない。

 

子供の頃は何でも楽しかったのに、歳を重ねるほどに、時間がすぎるほどに

物事が楽しめなくなってくる。

 

最近"よつばと"という漫画を読んで出てくる言葉があった。

"何でも楽しめるから、無敵なんだ。"

どれほどまでに心に響いたことか。